滋賀県の県庁所在地は大津市!なぜ南端に?歴史の真相とアクセスを徹底解説
日本最大の湖である琵琶湖を抱え、豊かな自然と歴史遺産が共存する滋賀県。その県庁所在地が「大津市」であることは広く知られていますが、地図を開いた際に「なぜ県全体の中心ではなく、京都寄りの南西端にあるのか?」「なぜ大津県ではなく滋賀県という名称なのか?」と疑問を抱いた経験を持つ方は少なくありません。
中学地理のテストでも頻出の「県名と県庁所在地名が異なる都道府県」の代表格であり、その背景には明治初期の廃藩置県から犬上県との統合に至る激動の統治史が隠されています。本稿では、滋賀県庁の基本アクセス情報や登録有形文化財としての庁舎の魅力、地理的配置の謎、そして歴史的背景までを徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:滋賀県の県庁所在地は大津市(〒520-8577 滋賀県大津市京町四丁目1番1号)。JR大津駅から徒歩約5分と至近で、京都駅からも新快速で約9分。
- 要点2:県南西端に位置する理由は、古代大津京以来の交通・経済中枢であり、東海道や琵琶湖水運の結節点として圧倒的な都市機能を誇っていたため。
- 要点3:1871〜1872年の廃藩置県と再編劇で「大津県」から郡名由来の「滋賀県」へ改称後、湖東・湖北を管轄していた「犬上県」を統合した歴史的経緯がある。
【基本情報】滋賀県の県庁所在地は「大津市」|住所・最寄り駅とアクセス詳細
滋賀県の行政中枢である滋賀県庁は、琵琶湖の南西岸に広がる大津市の中心市街地に位置しています。琵琶湖が県土の約6分の1を占める滋賀県において、県庁は古くからの宿場町・港町としての名残を留める京町エリアに堂々と佇んでいます。
鉄道アクセスは極めて良好で、県内各所はもちろん、関西主要都市からの移動もスムーズです。滋賀県公式の庁舎案内資料に基づいた主要諸元は以下の通りです。
【滋賀県庁の所在地・連絡先】
・住所:〒520-8577 滋賀県大津市京町四丁目1番1号
・総合案内電話番号:077-528-3993
・開庁時間:平日 8:30〜17:15(土日祝日および年末年始を除く)
【主要交通機関からのアクセス】
・JR線を利用する場合:JR琵琶湖線(東海道本線)「大津駅」下車、北口または南口から徒歩約5分。京都駅からは新快速・快速で約9〜10分という抜群の近さを誇ります。
・京阪電車を利用する場合:京阪電気鉄道 石山坂本線「島ノ関駅」から徒歩約5分、または京津線「びわ湖浜大津駅」から徒歩約10分。
・自動車を利用する場合:名神高速道路「大津IC」から約5分、または「京都東IC」から約10分。
行政手続きだけでなく、建築ファンから熱い視線を集めているのが滋賀県庁本館です。昭和14年(1939年)に竣工したこの庁舎は、スクラッチタイル貼りの外壁と重厚なアール・デコ調のデザインが特徴で、平成26年(2014年)に国の登録有形文化財に指定されました。知事室や正面玄関回りをはじめ、昭和初期の官公庁建築の美意識が現在も色濃く残されています。

なぜ京都寄りの南端に?「滋賀県の位置・南寄り問題」と大津が選ばれた必然
滋賀県の白地図を眺めると、誰もが一度は感じる違和感があります。それが俗に言われる「滋賀県庁の南寄り問題」です。県の幾何学的な重心は琵琶湖の中央部(近江八幡市沖付近)にあり、湖北の長浜市や湖東の彦根市から見ると、県庁が置かれている大津市は京都府との境に極端に偏っています。
なぜ中東部の平野部ではなく、南西の端である大津に中枢機関が置かれ続けたのでしょうか。そこには単なる面積の重心では測れない「歴史的物流と都市機能の必然性」が存在します。
第一の理由は、「水陸交通の絶対的な結節点」であった点です。古代の天智天皇による「近江大津宮(大津京)」造営に始まり、江戸時代には東海道五十三次最大の宿場町「大津宿」として栄え、「大津百町」と呼ばれる大都市を形成していました。琵琶湖の舟運で集められた北陸・東海の物資はすべて大津の港(大津百艘船など)に荷揚げされ、逢坂関を越えて京都や大阪へ運ばれたのです。
第二の理由は、京都・畿内との政治的連続性です。明治政府にとって、旧幕府直轄地(天領)や代官所が置かれ、治安維持と物資輸送の中継地として機能していた大津は、滋賀エリア全体を統治する上で最もインフラと人口が集積した要衝でした。物理的な中心地よりも、経済と情報が最も早く行き交う場所に拠点を置くことが統治上の最善策でした。
廃藩置県と犬上県の合併劇|県名と県庁所在地が異なる理由を解き明かす
「なぜ大津市なのに県名は滋賀県なのか?」という疑問は、明治維新直後の統治区分再編プロセスを紐解くことで明快に理解できます。
明治4年(1871年7月)の廃藩置県直後、近江国(現在の滋賀県)には膳所県、彦根県、宮川県など多数の小県が分立していました。同年11月の大規模な統廃合により、近江国は南部を管轄する「大津県」(県庁:大津)と、北部を管轄する「犬上県」(県庁:彦根)の2県に集約されます。
転機が訪れたのは翌明治5年(1872年1月)です。大津県は県庁の置かれていた郡の名前にちなみ、「滋賀県」へと改称されました。当時、明治政府は旧藩名や幕府直轄の都市名と区別するため、県庁が所在する郡名(大津が属していた「滋賀郡」)を県名に採用する方針を全国的に推し進めていました。
そして同年明治5年(1872年9月)、犬上県が滋賀県に編入合併され、旧近江国全域をひとつの県域とする現在の滋賀県が誕生しました。この際、統合新県の県庁はそのまま大津(旧滋賀県庁)に置かれたため、「滋賀県・県庁所在地大津市」という組み合わせが定着したのです。
なお、1876年(明治9年)から1881年(明治14年)にかけての5年間は、福井県の嶺南地方(旧若狭国および越前国敦賀郡)も滋賀県に編入されていました。日本海側まで管轄が広がっていた時代があり、その際も大津が広大な滋賀県の行政中枢を担っていました。

【データ比較】全国18の「不一致県」と滋賀県の位置づけ|中学地理の攻略一覧
中学入試や高校入試の地理分野で必須の暗記項目となるのが、「県名と県庁所在地名が一致しない都道府県」です。全国47都道府県中、この不一致が生じている府県は滋賀県を含めて18存在します。
滋賀県の立ち位置と他県との構造的共通点を、客観データに基づいて比較整理しました。
| 都道府県名 | 県庁所在地 | 県名と異なる主な歴史的要因 | 編集部の分析・地理的特徴 |
|---|---|---|---|
| 滋賀県 | 大津市 | 旧大津県から郡名(滋賀郡)へ改称後、犬上県を合併 | 琵琶湖水運の終点。県内南西端に位置するが京都アクセスが突出 |
| 三重県 | 津市 | 安濃津県から三重郡(四日市)へ県庁移転後、津へ再移転 | 県名(三重郡)と県庁所在地(安濃郡津)のねじれが残存 |
| 兵庫県 | 神戸市 | 開港場である兵庫港(神戸)に県庁を設置、旧兵庫津に由来 | 但馬・丹波・淡路など5国統合の中枢として港町が選択 |
| 愛媛県 | 松山市 | 古事記の神名「愛比売(えひめ)」にちなみ松山県から改称 | 城下町・松山を中心としつつ雅名を採用した代表例 |
| 岩手県 | 盛岡市 | 盛岡県から県庁所在地の郡名「岩手郡」へ改称 | 旧城下町名ではなく所属郡名が採用された典型パターン |
【実態検証】湖東・湖北と大津の距離感|県民意識と現代の交通ネットワーク
県庁が大津市にあることについて、実際の県民生活やビジネスの現場ではどのように受け止められているのでしょうか。地域ごとの体感格差と交通インフラの進展を検証します。
現在、JR西日本の新快速ネットワークにより、米原・彦根・近江八幡などの湖東地域から大津駅までは直通約30〜50分圏内となっています。湖北の長浜駅からも約1時間で到達できるため、かつての船や徒歩の時代に比べれば時間的距離は大幅に短縮されました。
しかし、日常の生活圏や心理的距離においては地域ごとの明確な個性が見られます。
大津・草津エリア(湖南):
京都駅まで10分前後、大阪駅までも40分前後という圧倒的な利便性から、関西都市圏のベッドタウンとしての性格が濃厚です。人口集積が続き、大型商業施設やタワーマンションが林立するエリアとなっています。
彦根・長浜・米原エリア(湖東・湖北):
滋賀県の伝統産業や製造業の拠点が集積し、中京圏(名古屋方面)へのアクセスも良好なため、大津・京都方面とは異なる独自の経済圏を確立しています。「行政手続きなどで大津の県庁へ行くのは少し遠い」という感覚は根強く残るものの、県内各地に設置された合同庁舎やオンライン行政手続きの普及により、物理的距離の弊害は解消されつつあります。

一般に知られていない盲点とネットの誤解|「琵琶湖県」ではない理由と覚え方のコツ
ネット上の掲示板やSNSでは、「滋賀県の中心は琵琶湖なのだから『琵琶湖県』にすればよかったのに」「県庁所在地は知名度のある彦根市だと思っていた」といった声が散見されます。こうした誤解を正し、確実に記憶へ定着させるためのポイントを解説します。
【よくある誤解1:「琵琶湖」が県名にならなかった理由】
明治政府の命名規則は、あくまで地方行政上の単位である「郡名」や「国名」をベースに設定されました。広大な水域である湖沼の名称を行政区画の名称として採用する前例はなく、大津が属していた古代からの由緒ある郡名「滋賀郡」が正式に選定されました。
【よくある誤解2:彦根市が県庁にならなかった理由】
彦根は譜代大名筆頭の井伊家30万石が治めた名城の城下町であり、犬上県の県庁が置かれていました。しかし、新政府への恭順姿勢や人口規模、何より京都・大阪への交通アクセスの優位性において、大津宿を抱える滋賀郡大津が最終的な県政の中心として選ばれました。
【中学地理で一発記憶!滋賀県庁所在地の覚え方】
テスト対策や雑学として即座に思い出すための語呂合わせ・イメージ記憶法です。
- 「大きな津(港)から、滋賀の琵琶湖を眺める」
(大きな津=大津市。日本最大の湖を抱える滋賀県の港町とイメージ) - 「静香(しが)ちゃんの、大きな角(大津)」
(シンプルに音で結びつける定番の受験暗記フレーズ)
【プロの結論】行政中枢の立地から読み解く地域発展の教訓
滋賀県と大津市の関係性は、「行政の中心地が必ずしも県土の幾何学的重心である必要はない」という都市経済学の好例です。交通のボトルネックであり、隣接するメガロポリス(京都・大阪)とのパイプ役を果たせる立地を選定したことが、結果として滋賀県全体の持続的な人口維持と経済的発展を支える推進力となりました。歴史的な地政学の判断が、150年後の現代社会にも色濃く恩恵をもたらしています。
【滋賀 県 県庁 所在地】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:滋賀県庁の所在地と最寄り駅はどこですか?
A1:滋賀県大津市京町四丁目1番1号に位置しています。最寄り駅はJR東海道本線(琵琶湖線)の「大津駅」で、徒歩約5分です。また、京阪電車の「島ノ関駅」からも徒歩約5分でアクセスできます。
Q2:なぜ「大津県」ではなく「滋賀県」という名前になったのですか?
A2:明治初期の廃藩置県において、大津県が所在していた郡名「滋賀郡」を採用して「滋賀県」に改称されたためです。その後、彦根を中心とする「犬上県」を統合した際も県名が継承され、県庁が大津に留まったことで現在の形となりました。
Q3:滋賀県庁本館の建物にはどのような歴史的価値がありますか?
A3:滋賀県庁本館は昭和14年(1939年)に竣工した近代建築で、外壁のスクラッチタイルや格式高いデザインが評価され、平成26年(2014年)に国の登録有形文化財に指定されています。開庁時間内であれば、荘厳な建築意匠を間近で見学することが可能です。
まとめ:歴史の要衝・大津市に息づく滋賀県のアイデンティティ
滋賀県の県庁所在地が「大津市」である背景には、古代から続く交通の要衝としての歴史、琵琶湖舟運の繁栄、そして明治初期の廃藩置県と郡名採用に伴う緻密な政治的判断が重なり合っています。
県土の南西端にありながら、京都や大阪と滋賀県内各地を強力に結びつける結節点として、大津市は現在も滋賀県の発展を力強く牽引しています。地理の学習や滋賀への出張・観光の際には、ぜひ大津の地に刻まれた150年以上の歴史ドラマと近代建築の美しさに思いを馳せてみてください。 (出典: 滋賀 県 県庁 所在地(Yahoo!ニュース))